記事一覧

死について

安倍元総理の統一協会が資金繰りに困っているそうです。あの事件以来、日本でのカネ集めが滞っているみたいで。

なんなら、国葬ではなく、16億でも60億でも教団本部に送金してあげればよかったのではないでしょうか。
故人、そして故人が敬愛されていた韓鶴子 (ハナクチャ) 総裁も喜んでくれたはずです。役人というのはホントにお金の使い方が下手なんだから。

で、国葬でしたから、“死” について考えます。
どうしてもネガティブな記事になるので、こういう機会にまとめて。

私、歳をとるごとに不幸になっていくと考えていましたが、そうでないかもしれません。

20代のときより、30代になった今のほうが幸せっぽいのです。

理由としては、ブラック企業を辞めてニートになったことが大きいと思います。

そういう経験は二度目ですが、今回のほうが焦りが小さいです。

これ、寿命に近づいたからかなと考えています。

70歳まで生きるとすると、15歳では残り55年ですが、31歳では39年です。
つまり、苦しむ時間が短いのです。

幸せだった子ども時代からは遠ざかりますが、今度は不幸 (むしろ死ぬほうが幸せ) な人生の終わりに近づくわけです。

最近、10代の学生の自殺が増えているのは、これに気づく人が増えた結果ではないでしょうか。

……と達観したようなことを書いても、自ら死ぬつもりはまだありません。

私の宿命は、(将来的な) 親の介護だと思っています。
親の介護をするために生まれた (産み出された) という運命だと思うのです。

つまり、親より先に死んではいけないわけです。

なお、私の親が介護要員として産生したわけではないです。念のため。

もちろん、親には長生きしてほしいですよ。

そんな私にできることは、私のような人間を生み出さないことだけです。

訪問ありがとうございました。

関連記事
にほんブログ村 その他生活ブログ 一人暮らし貧乏・生活苦へ

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しゅう

Author:しゅう
1991年北海道三笠市生まれ。プロフィール