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自分のことは自分でやる社会


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2021-6-9(水)

私は、“自分のことは自分でできたらいい” と考えています。

……というと、スガ総理のおっしゃる、“自助・共助・公助”(つまりは自己責任) みたいですが、そうではありません。

“自分がほしいものは自分で作れる” に近いでしょうか。

これには「お前さん、前の記事で工具ば買ったって言ってなかったかい?それも自分で作ったらよかったべや」とも言われそうです。

工具は、“生産手段” ですので、“ほしいもの” ではないのです。

例えば、自給自足のために畑を耕したい人がトラクターを作ったり、釣りをしたい人がボートを作ったりしないのも同じです。(マジでガチな人たちは作るかもしれないですが)

生産手段とは、目的のものを生み出すための手段であり、目的のものではありません。

生産手段は、ほかに、農機具,コンピューター,録音機,カメラ,車両,建物,鼻毛,道路なんかがあります。

また、これらに供給する、材料,肥料,燃料,電力,水なども生産手段です。

これは、私が考えたのではなく、有名な経済学者のマルクスさんが言ったんですよ。

ですので、工具などの生産手段を買うのはよいのです。

話が脱線しますが、資本主義と共産主義ってありますよね。

あれは、生産手段を資本家が所有するか、政府が所有するかの違いなのです。

近年では、レンタルやシェアリング,サブスクリプション (月極) など、“半所有” という考え方もでてきました。こういうサービスを利用して、個人では所有しないのも手でしょう。

“半所有” は面白い考え方なので、また記事にしたいです。

話を戻します。

自分でできるのに、他人に頼る社会になってきました。

例えば、食材もあり、調理器具もあり、腕もあり、時間もあるのに、客として飲食店に通うなどです。

もちろん、これ自体はおかしいことではありません。

ですが、これが当たり前となり、“サービスはお金を払って、他人にやらせること” になっている感じがするのです。

しかも、飲食店で食中毒とか、交通機関で事故とかがあると、サービスの提供側に責任の追求がいくと。

いくらお金を払ったって、責任までは転嫁すべきでないと思うのは私だけでしょうか。

本来なら、みずからができる “自分のための仕事” を他人にやらせた挙げ句、責任まで押し付けることに納得ができないのです。

ちょっと汚くて感情的な言い方になりますが、「じゃあ、自分でやれよ」です。

実際に、サービス側が責任までサービスするため、様々な問題も起こります。

例えば、変な資格の乱立の問題があります。

本来、自身 (消費者) が負うべき責任を、他人に負わせるため、誰か (政府や天下り団体など) の認証が必要になってしまったのです。

“自分のための仕事” なのに、資格がないとできないなんていう、本末転倒なこともあります。

少子化問題の原因のひとつでもありそうです。

昔は、家庭内で “自分たちのための仕事”(畑仕事や買い出しなど) をするために、子どもの人手が必要でした。

時代は便利になり、経済や道具も発達したのですから、子どもに頼るのは時代遅れです。(とくに、児童労働なんかは根絶しなければならないです)

ですが、行きすぎたサービスさえなければ、少子化はもう少し緩やかなのかなと私は想像します。

ほかにも、過剰なノルマによる労働問題・詐欺,工業化による環境問題,富の偏在による経済格差などにつながっていそうです。

ここで、“自分のことを自分でやっちゃうなら、仕事が減って働けなくなるべ” という指摘は当たりません(笑)

この先の時代は、天才などの真に能力のある人,極々ニッチな分野の専門家など、限られた人が趣味のように働くようになるからです。

自分でできるなら自分でする。
できないなら他人にやって “いただいて”、責任は自分持ち。

“〇〇は、△△がやる仕事。” みたいなのが当たり前になっていて、ちょっとアレだと思います。

例えば、家を建てるのは建築会社や,教育は学校や,夕飯はコンビニ,鼻毛は毛抜きなどなど……

まあ、“餅は餅屋” ともいうのですがね。

閲覧ありがとうございました。

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プロフィール

しゅう

Author:しゅう
1991年北海道三笠市生まれ。プロフィール

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