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子どもは感じて学ぶこと,大人は考えて学ぶこと


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2020-6-30(火)

“子どもは感じることと学ぶこと,大人は考えることと学ぶことが重要”

……と私は思っています。

まずは、子どもが感じることの重要さです。

子どもが大人になるにつれて失うものの一つが感性です。

自然の中で遊ぶこと,季節を感じること,布団と母のぬくもり,競走で勝つこと,友人との遊び、などは子どもにしか、その価値を感じることはできません。

私の例では、“雲の形” があります。
子どものころは、ほとんどの雲がなにか他の物の形に見えましたが、今となっては、なににも見えません。

感性の鈍化とは、すなわち、老化です。

逆に、子どもには、基本的に、考える力がありません。(もっと言うと、考える必要もない)

考えるには、基礎となる知識や学問や経験が必要であり、途上である子どもにはまだ備わっていないのです。

(ノーベル賞を取った子どもがいないことからもイメージしやすいと思います)

子どもが考えない様は、“子ども心” や “子どもだまし” という単語にもみられます。

できないことを無理にする必要はなく、その労力で、ものごとを感じることのほうがよほど有意義だと、私は考えます。

特に、遊びから学ぶことは、子ども限定です。

他方の大人には、考えることが重要です。

前述のとおり、大人の感性がなくなるのは自然な老化であり、抗いようがありません。

それを補うのが、考えることなのです。

人間が野生の生活をしていた時代を想像してください。

主に、狩猟や耕作,調理をするのは大人であり、経験の積み重ね (学び) が重要だったと考えられます。

“面倒だから” や “なんとなく良さそうだから” で判断すると、生きてはいけません。(試行錯誤という点では一理ある)

また、現代の社会も、考えることを要求しているようです。

例えば、選挙権や車の運転,飲酒,喫煙,ドラッグのたぐいは、一般的に、最低年齢制限があります。

これらは、選択に責任が伴う事象であり、個々みずからが考えて決定することが求められるからです。

で、子どもと大人に共通して重要なのが、学ぶことです。

基礎である学校の勉強はもちろん、遊びからの学び,ニュースや身の回りのできごとからの学び,他人から教わる (吸収する) 学び,独自研究・独学は、生きる以上、避けないほうがよいでしょう。

(学ばない人間がどうなるかと言うと、私のようになります;笑)

子どもの学びとは、いつしか大人に成り下がる (自然な老化) ことへの準備であり、感性を失うことへの対処です。

大人の学びとは、失った感性の補完と、社会的な要求への対処です。

  • 感じるのは、子ども特有
  • 遊びなどから感じたことを学ぶのが重要
  • 考えることは、大人に特有
  • 責任とは、考えて決めること
  • 学んだことから、行動が決定する

閲覧ありがとうございました。

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プロフィール

しゅう

Author:しゅう
1991年北海道三笠市生まれ。プロフィール

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