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昭和っ子


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2019-3-15(金)

私がいる会社のおじさん社員から「私君って昭和の子どもみたいだね」とよく言われます。


“子ども”は若さや幼さ,元気,遊びの象徴であり肯定的なイメージです。
特に私にとっては「子どもっぽい」「ガキくさい」などは至上の誉め言葉です。

さらにここでは、“昭和の”と修飾されています。

昭和の子どもとはいったいどういう人たちだったのでしょうか。
私なりのイメージです。


“三笠市内にあった奔別(ぽんべつ)小学校には1000人を超える児童がいたらしい。”

現在、奔別地区は無人で、かつてのマンモス校はすでに廃校しています。

(2019.3.18追記
“シラミの駆除のため、結った髪に殺虫剤のDDTを噴霧した。 ”)


“ゲームやケータイはもちろん、テレビやラジオも一般的ではない。
めんこやベーゴマ,砂利道に釘(くぎ)を投げたりして遊んでいた。”


“親の言うことをきかないと、デレッキ(ストーブの石炭を混ぜる鉄製の棒)で叩(たた)かれた。”


(私が中学生の時に先生から聞いた話)
“隣町の緑中学校には、廊下を原付で走る生徒がいたらしい。”

走っちゃいけないはずの廊下を原付で走るとは緑中生すげえなと思いました。


子どもも大人も“めんこちゃん”でいなければならない現在と違って、活気があってうらやましいです。
当時の人たちに、いまの寂れゆく日本を説明しても信じてもらえないでしょう。


ということで“昭和の子どもみたい”は“活気がある時代の元気な子どもみたい”という誉め言葉なのです。

みなさんは昭和の子どもだと言われたら、うれしいですか。

2019.3.18
DDTの追記.


閲覧ありがとうございました。

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プロフィール

しゅう

Author:しゅう
1991年北海道三笠市生まれ。プロフィール

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