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人生の濃度


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2018-10-23(火)
おはようございます。記事の数がようやく300を超えました。

「日曜日はクラスの友達とポケモンの映画を観に行って、帰ってきたらバーベキューをして、夜は怪談話で盛り上がりました」

「日曜日は前日までの仕事の疲れで、1日ゴロゴロしていました」

上の例では同じ1日でも、何かが明らかに違いますよね?
私はこれを「濃度」(濃さ)と呼んでいます。

新しい記憶は濃くて、古いものは薄いのとは違います。
ビデオテープに例えると、標準と3倍の違いを想像すればわかりやすいでしょう。


日々、仕事に忙殺され,責任にビクビクしていると生きる意義を見失いがちになります。
人生に意味を作ることを目的として、今回は「人生を濃くしよう」という記事です。

まず、上のポケモン映画の日曜日とゴロゴロした日曜日では、ポケモンのほうが記憶に残りやすいです。
感情を含んだ記憶はなかなか消えません。

さらに私の経験ですが、同じ年内や月内の記憶にまとまりがないのに対して、同じ日の記憶は関連付けが強いです。
福知山線脱線事故と愛・地球博(同じ2005年)、ゴールデンウィークと運動会(同じ5月)、クリスマスイブと終業式(同じ12月24日)の各項を比べると最後の例で記憶が一番まとまっています。
人間の記憶は日単位で脳に書き込まれるようですね。


上のふたつから、感情と日数が人生の濃度を変えるとわかりました。

「ポケモン映画、バーベキュー、怪談話の日曜日」
「デジモン映画、寿司、恋愛話の月曜日」
「ドラえもん映画、鍋パーティー、思い出話の火曜日」
 :

「ゴロゴロの日曜日」
「ゴロゴロの月曜日」
「ゴロゴロの火曜日」
 :

のふたつの人生なら、上のほうが単純に濃い人生ということです。

ただし、大人になると感情が劣化したり,生活や考え方が画一化して“色付け”が難しくなります。
子どもの感情は自身が感じるもので、大人の感情は「感情的を客観的だと勘違い」「感情論」など外向きです。クレーマーやエゴイスト,偽善者,差別主義者は大人の特権です。
画一化は単調な生活や貧困の恐怖などで柔軟性がなくなっています。

この状況でも、下を向けば小石ひとつや虫1匹などヒントはあります。
新しい発見は宝探しみたいで楽しいですよ。


ところで、私は「濃い」や「遠いい」と言いますが、人によっては「濃いい」「遠い」ですね。
方言なのでしょうか。


話がそれました。
掲示板によるとセミリタイアは退屈らしいです。
暇を持て余して再び働きだす人もいるとか。

“濃い人生”ならこの問題は解決です。お金はかけられませんが。


閲覧ありがとうございました。

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プロフィール

しゅう

Author:しゅう
1991年北海道三笠市生まれ。プロフィール

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